人の印象は自分で決めるのではなく、他人が決めるものだから

人の印象というのは、その人本人だけが決めるものではなく、周りにいる人たちの持つ印象によって形作られるものです。
例えば、どこの中学校や高校のクラスにも、一人はお調子者でみんなの話の中にいる人がいるでしょう。
でも、もし周りにいる人間が違っていたら、その人がそういう印象を持たれるとは限りません。
田舎では賑やかで派手な印象の人でも、都会に出れば、ごくごく普通で地味な人になってしまうかもしれません。
印象というのは、つまり「どんな風に見えるか」ということであり、その前提には「他人に対して」という自分一人では完結しないものであるというものがあります。
だからこそ、人は自分がどう見られるのかを気にするものだし、体裁とか見栄というのは、そういうことの中で生まれてきたものなのでしょう。
でも、それを過度に気にして、本来の自分とはまた違う自分を演じているような感覚というのもあるような気がします。
そういう窮屈さというのは、なかなか解消できないもので、私も本当にやりたいことを我慢してしまうことがあります。
でも、それが本当に正しいのかどうかといえば、そうではないのでしょう。
やりたいことやるためにいちばんの難関というのは、自分にブレーキをかける自分の印象なのかもしれません。